著作・管理・編集:勇者カカキキ
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─奴の名はカル・ディアーズ(上)─
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刻(とき)は昼を少し過ぎ、穏やかな日差しと青空が臨む頃。
奥深い森の中開けた場所に、多くの人間が集まっていた。そのほぼ全員の腰には、剣や手斧など武器を帯び、山と詰まれた戦利品であろう品の前を囲むように座っている。
彼等は盗賊で、つい先日襲った獲物の宝の取り分を決定する大事な会議中のようだ。
流れ的に宴会まで始まりそうな雰囲気だが、それに水を注したのは青年と女性の二人組み。足元の小枝をわざと踏み締め音を立て、ずかずかと彼等の側まで歩を進めていく。
青年は黒髪にワイシャツ姿と一見普通の青年で特に武器になるような物を持っていない。女性は腰に差している刀から剣士と分かるが、それ以上に透き通るような白い肌と鎧の白尽くめと大変に目立つ格好をしている。
それでも、高揚していた盗賊達は彼等が声を発するまで気付かない様子。
「あんた達か? 賞金首ゾル・ビルビックを頭に、最近ここらを荒らし回っている盗賊ってのは?」
側にあった切り株に足を力強く置き、余裕の表情で青年は彼等を見回し言った。当然、先程までの喧騒が嘘のように静まり返る。
「ああん、誰だ? 貴様、ここに何しにきた!」
怪訝そうに一人小柄な盗賊が立ち上がり、他の盗賊の視線が集中する。
「お前がゾル・ビルビックか?」
そう訊ねた青年の前に、大柄な男が山賊の群れの間から割って出てきた。
「お前らギルドの追っ手か? 優男一人女一人か……舐められたもんだ。俺がゾル・ビルビックと知っての事なら尚更……な?」
斧を力任せに豪快に振り回し、話す様も凄みがある、普通一般の人間ならその雰囲気だけで近寄りたくは無いだろう。
青年が、やれやれといった態度で盗賊達をあしらう。
「おいおい、報酬はチンケな割に態度はでかいんだな。ステアも何か言ってやれよ」
目線を盗賊達から逸らさず、隣に佇んでいる女性に言った。特に女性は慌てる風も無く、
「はぁ……了解しましたカル。そうですね、貴方達が抵抗せずに捕まってくれると嬉しいのですが……既にやる気のようですし、少々痛い目にあって貰うと思うのですが宜しいでしょうか?」
と、終始物腰柔らかくかつ無表情で淡々と話した。
ゾルを除く盗賊達は、目の前に居る美人になら倒されてもいいかも……などと緩み切った表情。その緩みを断ち切ったのは、力強いゾルの声。男達にみるみる力が戻り、表情も盗賊のそれになっていた。
「はい宜しいです……なんて言うと思うか? 誰がギルドの犬に大人しく捕まるかってんだ! 相手は二人、ギルドの犬にゃ手加減はいらねぇ……野郎どもかかれぇ!」
「おーー!」
「まぁ、当然っちゃ当然だわな。たまにゃ楽なのも俺的にありだぜ?」
青年達を即座に包囲するその身のこなしや連携は意外に悪くない。もし数年の熟成期間を経ていれば、大きく強い盗賊団に化けただろう。しかし、冒険者ギルドに睨まれた時点でその野望は儚く潰える事になるのだが……。
盗賊達は、各々持っている武器を引き抜き構えた。いわゆる、時代劇で言う殺陣(たて)の状態。
青年達の周囲を固めた直後、ほんの僅かに全てが止まるかのような沈黙の時、その一瞬後に攻撃が開始されるだろう。
だが一方、女性は腰に帯びた剣を抜く事も無く平然と佇み、青年も同様の立ち姿で出方を待つ。隙を与えているようで、隙が無く盗賊達は攻撃しにくい。
張り詰めた緊張感の中、盗賊達の先手。敵一人に対し盗賊二人による同時攻撃。大人数と少人数の戦いでは、当然大人数側の方が有利であるが、一度に全員で攻撃をした場合同時討ちの危険性がある。その為数名のチームに分けての戦法は理に適っているだろう。
「──っとと、危ない危ない。まっ、殺しゃしないから安心して寝とけ」
青年を襲った剣を軽く手の甲で流し、勢い余り青年を追い越し様盗賊の首筋に手刀の一撃。剣を振り下ろした勢いも加わって、盗賊は前のめりに倒れ気絶した。
「カル。油断していると足元をすくわれるわよ」
既に女性により盗賊二人が気絶させられ、その後襲い掛かってきた四人の盗賊を前に、遂に鞘から剣を抜き応戦。異国の片刃の剣『刀』の閃き。
四人相手の攻撃を巧みに逸らし弾く。女性の顔は、常に無表情で疲労の様子は無く、一方四人掛かりの盗賊達に疲労の色が見えている。決定的なのは、女性はその場から一歩として動かず全ての攻撃を淡々と防ぎきっている事だろう。
静かな周囲の森に、その剣戟の音が響き反響する。
「ステア、適当にさっさと終わらせようぜ!」
「了解」
青年の声を合図に、女性は前方の盗賊達の武器を次々に弾き飛ばしていき、瞬間背後に回って首筋に手刀の一撃で盗賊達を気絶させていく。盗賊は折り重なるようにして気絶していった。
「ぐぬぬ。おい、お前らたった二人に何てザマだ! この野郎、俺達を舐めやがってぇ!」
ゾルは必死で子分達に命じているが、立っている盗賊の数が半数を切った頃、
「ゾ、ゾル親分。こ、こいつら強過ぎます。一旦引いて体勢を──」
「お、おい!」
ゾルの目の前で子分は、白目を剥いて気絶した。目の前には、悠々とした表情の青年。
「悪いが、一人も逃がす訳にゃいかねぇな。まぁそれに、そろそろアンタもお縄の時間だぜ?」
「て、てめぇら一体何者だ!」
ゾルは話ながら、周囲の死屍累々とした状況を見て察した。既に勝負は決している事も。
「こちら掃討完了。次の指示をどうぞカル」
「だとさ。俺はカル・ディアーズで、あっちがステアだ。──まっ、これで心置きなく……お寝んねして貰えるかな? なっ、銀二十枚の賞金首のゾル・ビルビック君」
青年の微笑みを前にして、ゾルは恐怖で固まってしまった。ただ一つ、薄れ行く意識の中で──相手が悪過ぎたと心で呟いた。
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今朝は晴天なり、物語は数時間程前に遡る。
水の都ベニスを想像させる町に幾つも通っている水路、モダンで洒落たレンガ造りの建物や、家々が立ち並ぶ町──ソルト。フォーネリアス四大大陸の一つ、バルドル大陸の中程にある町で、町付近に高濃度の塩湖があり、塩は勿論、塩を用いた特産品を産出している事が名前の由来だ。
露店商なんかでも独自の塩を使った品が売り出され、メイン通りを賑わせている。そのメイン通りからも一際目を引く大きな建物が、冒険者ギルドソルト支部である。
多くの冒険者と情報が行き交う場所、冒険者ギルド。
依頼人(クライアント)と依頼遂行者(ハンター)、その間に仲介人(ブローカー)として立つのが、各大陸の主な市町村や国に点在する冒険者ギルドである。簡単に言えば、仕事斡旋事業で依頼人と冒険者による仲介手数料で成り立っている。
「下水のスライム駆除銀二枚……男性物下着泥簿銅六十枚……女性者下着泥棒銀一枚。銅貨四十枚分軽く男性が差別されているような、されてないような。うーむ──」
冒険者ギルドの外掲示板に張り出されている指名手配書を、右手に飴を持ち偶に舐めつつ見ている青年が居た。傍らには、肌、鎧に至るまでが白尽くめの女性が佇み人目を惹いていた。
「はぁ、ろくな賞金首しか居やしねぇなぁ……」
そう呟いた青年の名はカル・ディアーズ。ある事情から金を稼ぐ為に冒険者になり、町を転々としながら半年前からハンターとして、此処ソルトの町を拠点に活動している。移動も考えているのだが、如何せん路銀が足りず留まらざるを得ないのが現状。
短い黒髪に同色の黒瞳、ワイシャツを着崩し、左右中指に同型の指輪を身に着けている。一応魔導士だと言うのだから疑問も生じるが、才能が無ければ魔力(マナ)を行使する事は出来ない。
また一般に純粋な人間の魔導士の数はかなり少なく、カルもその中の貴重な一人である。
「それだけ、平和で宜しいと思いますが?」
そう答えたのは、腰に鞘を帯びた剣士の風体の女性で名はステア。腰の辺りまで伸ばした白髪を中程で縛り纏め、双瞳は赤いルビーの如く紅の光を発し、常に無表情から完成された彫刻の美が漂う、紅一点ならぬ白一点のいでたち。
カルの相棒であり、その経緯はいずれ語る事として、彼女は平たく言えば吸血鬼。少々訳有りで、命をカルに助けられ、その恩義と自らに課した使命を胸に共に旅をしている。また、ステアは陽光を克服の魔術が常に発動している状態で、天敵の筈の陽光溢れる昼間にも肌を焼かれずに行動できる。
「かぁー! 平和になったら俺達の商売上がったりだぜ。平和敵! 俺困る!」
「何故に片言なのですか? しかし、最近の大陸情勢は、魔族との戦争も膠着状態、依然和平交渉の機会すら持たれていないのが現状です。兵の募集も募っておりますし、正確な意味で平和とは違うと推測されます」
「うぅ詳しく説明されなくても分かってるって。最近ケチな仕事が増えたよなぁ……ん?」
ステアとの会話中、ある指名手配書に目が止まった。
「この盗賊共、報酬銀二十枚だってよ。ステア──」
背後に立っている気配からステアだと思い、カルが振り返った時だった。そこには、カルの会いたくない人物ランキングに、堂々の一位入賞の少女の笑顔があった。
「おっ久しぶりー。この町に居たのねカル・ディアーズ。相変わらず貧相な顔してるわね。ステアも相変わらず美白で羨ましい限りだわぁ。よしよし」
「げっ! ミ、ミリアム! か、金なら今無いぞ!」
「ミリアムさん前回の依頼以来ですね。ご無沙汰しております」
カルはうろたえ、ステアはいつも変わらない表情で少女に答えた。
少女の名はミリアム・レイテシアでよしよしが口癖のハーフエルフだ。冒険者ギルド金融相談職員と呼ばれる職に就いている。また血筋故にミリアムの年齢判別は難しく、『少女』の見た目からは想像できない年齢なのだという。
風体は、長い金髪を派手で大きなリボンで縛り、派手で布地の多い衣服をまとい、上げ底ブーツで背の低さを若干カバーしている。鋭角に尖ったエルフ遺伝の耳は、百メートル先の金が落ちる音すら聞き逃さないと言われる守銭奴だ。
そんなミリアムには、ファンクラブがあり一部ギルド職員・冒険者達の人気者である。
少女の外見に騙されてはいけない、狡猾さと知恵を持っている恐るべき相手……とは、カルの弁。
「まぁ、貴方にはその点の期待してないから安心してね。まーったく、何時になったら金貨五枚程度の返済が終わるのかしら……ねぇ? 利息でも払って貰いたい所だけど、利息すらも払えそうにないわね。よしよし──」
カルの顔を見るなりの断言だが、図星なので反論出来ない。一人頷き微笑む彼女を見て、
「うっ、何か嫌な予感」
「そんな借金塗れの貴方も安心確実! お金が支払えない人の為に、クエストを用意してあげるのが私の仕事。──ある意味、天使な私に対して、『嫌な予感』だなんて失礼しちゃうわ。折角の出会いだし、万年借金貧乏な貴方の為にミリアムちゃんが人肌脱いで、今オススメの儲け話を教えようとしているのになぁ!」
タダとミリアムの儲け話には引っ掛かるな。カルはそう思いつつも、話を聞くまで開放されそうにないので渋々聞く事にした。ミリアムと駆け引きするだけ無駄とも言える。
「天使かどうかはともかく……儲け話? どうせ、ドラゴンを倒す依頼だとしても金貨一枚でるか出ないかじゃねぇのか?」
過去にミリアムの依頼を引き請け、非常に割の合わない思いをしているからこその不安。それが、カルに安請け合いさすまいと心にブレーキを掛けている。
「よしよし、ドラゴンを倒せる自信があるなら楽勝の仕事よ。いい、簡単に説明するわよ? 報酬は金三枚、依頼は冒険者ギルドから。ギルドとしては、早期解決を望んでいるわ。そこで、成功したら特別報酬として、さらに金三枚を加えた計金六枚の大仕事! しかも、貴方達が十八番にしてる討伐依頼なんだから、ラッキーねぇ──ヤッタネ!」
「金貨六枚! 本当か? それなら借金を返してもお釣りが来るぞ。引き受けてもいいが、何を狩ればいいんだ? まさか、本当にドラゴンとか言わないよな?」
「よしよし、ならば教えて進ぜよう! ちょっと耳貸して」
「カル。もう少し考えてから引き受けた方が特にミリアムさんの依頼は……」
彼女にとっても、ミリアムの依頼で良い経験をした事が少ないらしい。
「分かった」
カルの承諾と同時にステアは、表情を変えず目を閉じ肩を落として溜息を一つ。ミリアムは手を叩き喜んで、
「引き受けてくれるのね? いやー助かるわぁ。自称凄腕の傭兵とか言う、冒険者パーティーも先日骨になって発見されて、とーっても困ってたのよ! どうやら、食べられちゃったらしいけど、貴方達ならきっと絶対上手くやれると思うわ!」
あくまでカルを『信じていた』風に笑顔で言った。
だが、全ては彼女の想定通りに事が運んでいる。例え彼女の思惑を知っていたとしても、反論できる債務者など居はしないのだから。
「嫌な前振りと世辞はいいから早く本題に入れよ」
「あら、ここからが残酷物語の始まりだったのに。それじゃ、こっちに来て早速手続きを──」
*3 (index:
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カル達が盗賊と遭遇する数十分前。場所は、ソルトから続く森の道(ディープロード)入り口。
ここに盗賊と魔物の両方が現れると言うミリアムからの情報だった。半ば強引にミリアムの『盗賊も纏めて退治しちゃえ!』の言葉に納得させられた。
「ディープ・オクトパス(森の蛸の意)ねぇ。普通北方に生息してる蛸系魔物か……大方、研究者連中が誤って逃がしたんだろ? 注意すべきは『無数に生えている足』だそうだ……まぁ、コイツよりも盗賊の方が幾分か楽そうだな」
森の道(ディープロード)は意外に広く、森の中に踏み固めた道路と、多くの動物が造った無数の獣道があり、うっかり獣道に入り込むと深い樹海に迷い込み彷徨う事にもなりかねない。
魔物や盗賊が出る事を覗けば、木々の間からの木漏れ日が人々を癒してくれただろう。不意にステアが声を掛けた。
「カル。そろそろ時間では?」
「ああ、もうそんな時間か。何かクラクラすると思ったぜ。全く、『糖度欠損症』ねぇ……厄介な持病を持っちまったもんだぜ。さっさと金貯めて、治せる医者を探して、治れば南の大陸で優雅にバカンスしたいぜ。仕事をチャッチャと片付けて、まずは、久しぶりに美味いディナーといこう。──流石に糖類と菓子パン一日三個じゃぶっ倒れっちまう」
カルは大量の砂糖が入った袋を開け、そのまま口に押し込めるように流し込んだ。時折、水で流し込みながら袋の中身を全部飲み切ってしまった。
糖度欠損症──体内の糖分が減少してしまう病気。軽い不足状態でめまいを引き起こし、中程度で行動不能又は脳の栄養不足による思考の麻痺、最終的に死に至る事もある。フォーネリアスにおいて原因不明の病。
フォーネリアスの医学は、魔法医学と一般医学の二系統あるが、この病気に対しての有効的な手立て両者共に発見されておらず、唯一の希望は金さえ出せばあらゆる病を治す名医がいるらしいとの噂のみ。その情報を買う為、治療費を稼ぐ為、カルは冒険者になる事を選んだのだった。
「食べる事とは生きるに同じ。と、私が人間だった頃よくお婆様に聞かされてました。又、通常の食物を摂取する必要の無い吸血鬼達においても、食事は嗜好として大変大切にしてましたし、食事とは書くも崇高な事として扱います……と言う事で、今日の夕食は高級海鮮料理と年代物の美味しいワインが飲める店を所望致します」
「なにが『と言う事で』だよ。何時も俺より食費掛かってるのはステアだろ? 吸血鬼だからって食い過ぎなんだよ! たく、吸血鬼が食事にうるさいなんて聞いた事ないぜ?」
眉をしかめて訊ねるカルの前にステアは人差し指を立て、
「ふふ……女性は『美味しい物は別腹』と古来より言いますでしょ?」
目を僅かに細め、あくまで無表情で淡々と言った。カルは、それがちょっと怖い。
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物語は現在へと戻り、盗賊達を退治した後。
盗賊達が所持していた縄で、とりあえず身動きできない程度に縛り上げる。気絶から我に返ったゾル達は、最初は文句を言ったり喚いていたがやがて静かになった。
盗賊達を縛り終え、手に付着した土を二回叩いて払い落とす。
「さてと、問題は盗賊共をどうするかだな……面倒だし、魔物討伐するまで適当に放っておくか?」
「私はどちらでも。しかし、後から来た冒険者に手柄を横取りされる可能性はあります」
「だよなぁ……この場に魔物がほいほい現れてくれないかな」
投げやりにカルが呟いた直後、森から一斉に鳥が飛び立っていった。
「うああ! ああ!」
突然、ゾルが恐怖の色を表し、他の盗賊達も同様に蒼褪めて奇声や助けを呼んだ。
「ど、どうしたんだ? おい?」
カルが訝しむのと同時にステアの声。
「カル、後ろよ気をつけて」
「ん?」
木々を薙ぎ倒し、その間から巨躯の生物が現れた。まさに軟体動物のソレだった。カルの目と、生物の目と思しき球体と視線が合ってしまった。この魔物こそ、討伐依頼が出されたディープ・オクトパスだった。非常に巨躯の蛸に見える形の魔物で、似ているのは姿形のみで、実際は別物と言ってもいい。
「うお! って、でかいなオイ! てめぇ、この……何人前だ!」
「ふざけてる場合では無いと思いますが?」
ステアの当然のようなツッコミ。
「まぁそのテンションは大事だぜ?」
ディープ・オクトパス──一見すると蛸の怪物だが、生えている足の数は蛸や烏賊(イカ)の比では無い程多い。巨大な主足が八本、小さい触手状の足は十本を超える、他にも見えない部分にさらに奥の手ならぬ足を隠し持っていると思われる。ぬらぬらと黒光りした様は決して食欲が湧く事は無いだろう。
魔物とは、紛れようも無い怪物で恐ろしい生物であり、全ての生きとし生ける者の脅威なのだ。
「一旦離れて距離を稼ぐ」
「了解」
声で確認後、二人同時に左右に駆け出した。その場に忘れられポツンと、ゾルと盗賊達が縛られた状態で放置されている。当然彼等は身動き出来ない為、叫ぶ事しか出来ない。
「お、おい待ってくれ。俺達を置いてかないでくれー!」
「ひぇぇ。来た来たぞー!」
「お助けぇ!」
盗賊達は各々悲鳴を上げ、おぞましいディープ・オクトパスが迫り来るのを見た。
「頼む。俺の子分達だけでも助けてやってくれ! 俺にただ従っただけのこいつらだけは!」
「お、親分!」
と、ゾルが自己犠牲とも言える懇願の叫び。盗賊達はその言葉が嬉しかったのか、恐怖を忘れ泣いている者まで居る。
ゾルの叫びに、カルは彼等の事に気付き思わず足を止めてしまう。
「ちっ」
「カル、今戻っては!」
気付いた瞬間には、駆け出していた。当然ステアに止められるが、止まる理由を見出せずそのまま駆けていた。
「へっ、俺もヤキが回ったみてぇだな」
「こ、腰のナイフを使ってくれ」
カルは、ゾルが腰に挿していたナイフで盗賊達を捕らえていたロープを切った。巨大な蛸足が、逃げ惑うゾルを襲った瞬間、カルが間一髪ゾルを突き飛ばし共に倒れ込む形で地面に伏した。
「ありがとう! ありがとう!」
「馬鹿、盗賊の癖に泣くんじゃねぇよ……さっさと逃げろ! ここは危険──」
「だ、旦那後ろですぜ!」
振り返った時には遅かった。勢いのついた蛸足がカル共々二人を薙ぎ払い、そのままゾルと共に木に叩きつけられる。
ゾルは目を回し気絶し、カルは辛うじて意識が、朦朧としながらも耐えていた。
「ゲホ……ガハ」
木に身体を激しく打ち付け全身打撲、衝撃により口の裂傷、薄っすらと口元に血が滲む。込み上げてきた物を吐き出すと、少し血が混ざっていた。内臓系にもダメージを受けた可能性がある。
「ちぃっ、やっぱ慣れない事は……するもんじゃねぇな」
肩を押さえながら立ち上がったカル。頭から血が流れ頬を伝い落ちていく。
「カル。大丈夫ですか」
油断したステアが地中から忍ばせてきた蛸足に足を捕まれ、直後体に蛸足が巻き付き完全にステアの動きを封じてしまう。
「くっ、そんな地中からなんて!」
ディープ・オクトパスに足を掴まれたステアは、少しずつ引きずられて行くのを、刀を地面に突き立て何とか必死で耐えていた。その蛸足に斬り付けようとした時、他の何本もの巨大な蛸足がステアの腕や体に絡み付きその行動を制止させ、彼女を持ち上げ捕らえてしまった。
必死にもがくも蛸足はきつく締まり、さらに身動きが取れなくなっていく。普通の人間であれば全身の骨が砕け、既に絶命しているだろう。吸血鬼の能力(スペック)の高さが辛うじて彼女の命を取り留めているに過ぎない。
「くっ……カル!」
ステアの華奢な体にも、昼間の状態で成人男性三人分程の力が秘めている。ここでステアが倒れれば次はカルを餌食にするだろう。ほぼ不死身の存在であるステアにとっての敗北は主人の死亡である。
「ステア……くそぉ、情けねぇ」
目が霞み前の視界が歪んで見える。
「うっ……」
足に力が入らず膝を付き前のめりに倒れ、顔を前方に向け右腕だけを前に伸ばし、そのままの姿勢のまま深い闇にまどろんでいくのを感じた。
─起死回生これが切り札だ!下に続く─
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